修学旅行4日目 IN 長崎
2002年5月22日 みんなに疲れの色が見え始めていた。僕はズット高いテンションを保ち続けていた。
諫早を見学しグラバー園へ。洋風の庭園だった。庭とか、あんまり興味がないので特に印象に残らなかったが、上から見る町並みは良いものだった。
その後、長崎市内をタクシー研修。
まず、稲狭山というところへ行って、333mのところから市内を一望。運転手さんの説明は素晴らしかった。長崎は−ある橋を挟んで、昔と今とで分かれている。当時の面影が残るほうが原爆被害地の方。もう一方は駅周辺の、近代化が進められた方だ。
次にオランダ坂。洋風の面影が残るこの場所は、2つの学校の通学路になっていた。
次は孔子の建物。中国の建物らしい歴史を感じた。
最後に出島の資料館に行った。時間的に余裕がなかったが、面白かった。出島の位置は良く分からなかった(笑)
その後は徒歩で研修。まず中華街で食事。ちゃんぽん−僕には合わない食事だ。次にカステラ屋を探す。が、なかなか見つからなかった。時間だけが過ぎていったが何とか見つかった。そこでお土産のカステラを買った。次は予定を変更して、日本26聖人殉教地へ行った。それから急いで路面電車に乗って、原爆中心地へ。南都も言えない気持ちになった。次に浦上天主堂へ。印象的だった。日本というより外国のようだった。聖堂は広く、綺麗だった。
徒歩研修を終えた後、全員と合流。平和記念公園で写真撮影。その後、宿舎へ。
最後の宿泊。窓から見える夜景は、1000万ドルの夜景と呼ばれ、とても綺麗だった。まず、DVDを見て、最後といわんばかりにゲームをする。ゲームが終わった後はAくんと会話。寝たのは3:00だった。
諫早を見学しグラバー園へ。洋風の庭園だった。庭とか、あんまり興味がないので特に印象に残らなかったが、上から見る町並みは良いものだった。
その後、長崎市内をタクシー研修。
まず、稲狭山というところへ行って、333mのところから市内を一望。運転手さんの説明は素晴らしかった。長崎は−ある橋を挟んで、昔と今とで分かれている。当時の面影が残るほうが原爆被害地の方。もう一方は駅周辺の、近代化が進められた方だ。
次にオランダ坂。洋風の面影が残るこの場所は、2つの学校の通学路になっていた。
次は孔子の建物。中国の建物らしい歴史を感じた。
最後に出島の資料館に行った。時間的に余裕がなかったが、面白かった。出島の位置は良く分からなかった(笑)
その後は徒歩で研修。まず中華街で食事。ちゃんぽん−僕には合わない食事だ。次にカステラ屋を探す。が、なかなか見つからなかった。時間だけが過ぎていったが何とか見つかった。そこでお土産のカステラを買った。次は予定を変更して、日本26聖人殉教地へ行った。それから急いで路面電車に乗って、原爆中心地へ。南都も言えない気持ちになった。次に浦上天主堂へ。印象的だった。日本というより外国のようだった。聖堂は広く、綺麗だった。
徒歩研修を終えた後、全員と合流。平和記念公園で写真撮影。その後、宿舎へ。
最後の宿泊。窓から見える夜景は、1000万ドルの夜景と呼ばれ、とても綺麗だった。まず、DVDを見て、最後といわんばかりにゲームをする。ゲームが終わった後はAくんと会話。寝たのは3:00だった。
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